ショウジョウバエは脳で紫外光を感じる
一人二役の脳内光受容タンパク質
by Kazumi Sakai概要
多くの動物は、ものの形や色を認識するために、眼に視覚の光センサータンパク質(オプシン)を持っています。ヒトも暗がりで明暗を認識するオプシン(ロドプシン)と明るい所で色識別を行う3種類のオプシン(赤色光・緑色光・青色光それぞれを受容する)を持つことがよく知られています。さらに、最近の様々な動物の研究から、オプシンは眼以外の脳内などでも機能していることが分かってきました。これら眼以外で働くオプシンは、視覚とは異なる光受容機能、例えば周りの光環境の変化から時刻や季節を知ること、に関わると考えられます。 今回我々が解析を行ったショウジョウバエは、昆虫のモデル生物として多くの研究者に広く利用されています。ショウジョウバエは、緑色光・青色光・紫色光・紫外光それぞれに高い感受性を示す計6つのオプシンを眼に持つことが分かっています。つまり、これらのオプシンの組み合わせにより、ものの形や色を認識しています。そして、ショウジョウバエはもう一つ、“第7のオプシン(Rh7)”を持つことが知られていました。しかし、このRh7は眼では働いていません。では、どこで働いているのか、さらには、どの波長の光を吸収するのか、どのような生理機能に関わるのか、など多くが謎でした。今回我々は、この解析が遅れているRh7の性質を調べました。試行錯誤を行い人工的にタンパク質を作製したところ、紫外光感受性のオプシンであることが分かりました。さらに、Rh7は紫外光を中心に青色光まで幅広い範囲の光波長を受容できることが確認できました。このような広範囲の光波長を1つでカバーできるオプシンはこれまでに知られていません。眼で働く視覚のオプシンの場合、このような広範囲の光波長をカバーするためには、紫外光と青色光それぞれに感受性のあるオプシン2種類が必要です。Rh7は1つで視覚のオプシン2つの範囲をカバーし、一人二役の働きをすると言えます。Rh7の研究は今年に入って大きな進展があり、脳内で時刻の認識のために働いていることが明らかにされました。つまり、ショウジョウバエは、紫外光を中心に青色光までの広範囲の光波長を脳で受容することにより、“今、何時?”を確認していると言えます。 本研究成果は2017年8月4日にScientific Reports にて発表されました。
図1 ショウジョウバエの眼と脳の光センサー
視覚の光センサー(左)と脳内の光センサーRh7(右)とを比較すると、Rh7は紫外光を中心に紫色光・青色光も受容できるセンサーであることがわかる。
研究の背景
動物にとって、外界の光から得られる情報は生命活動にとって非常に重要です。動物の代表的な光受容器官は眼です。眼で光を受容することにより、ものの形や色を認識する視覚機能を働かせます。このような視覚機能のために、眼に光センサータンパク質(オプシン)を持っています。ヒトは、暗がりで明暗を認識するオプシン(ロドプシン)と明るい所で色識別を行う3種類のオプシン(赤色光・緑色光・青色光それぞれを受容する)を持つことがよく知られています。また、動物は視覚以外の生理機能にも光の情報を利用していることが分かっています。例えば、周りの光環境の変化から、一日の中での時刻を知ったり、一年の中での季節を知ったりします。このような視覚以外の光受容機能にもオプシンが重要な働きをすると考えられています。最近、このような様々な光受容機能に関わるオプシンの研究が進み、眼だけでなく脳など他の器官でもオプシンが働いていることが分かってきました。 今回我々は、ショウジョウバエで解析が進んでいないオプシンの研究を行いました。ショウジョウバエは、昆虫のモデル生物として多くの研究者に広く利用されています。ショウジョウバエは、ヒトとは異なり、赤色光を受容するオプシンを持ちません。その代わり、緑色光・青色光・紫色光それぞれを受容するオプシンに加えて、紫外光を受容するオプシンを持ち、計6つを眼で使っています(図1)。つまり、これらのオプシンの組み合わせにより、ものの形や色を認識しています。さらに、ショウジョウバエはもう1つ、“第7のオプシン(Rh7)”をもつことが知られていました。しかし、このRh7は眼では働いていません。では、どこで働いているのか、さらには、どの波長の光を吸収するのか、どのような生理機能に関わるのか、など多くが謎でした。
研究成果
このような謎だらけのRh7について、そのタンパク質の性質を明らかにしました。我々の研究グループはこれまで、多様な動物のオプシンについて、その性質の解明を行ってきました。そこで培われたノウハウを用いて試行錯誤を行い、人工的にRh7タンパク質を作製することに成功しました。その結果、Rh7は紫外光をよく受容するオプシンであることが分かりました。さらに、ユニークなことに、Rh7は紫外光だけでなく紫色光や青色光まで幅広い範囲の光波長を受容できる一方、それぞれの波長の光に対する感度が低くなっていることが確認できました。紫外光を受容する視覚のオプシンはショウジョウバエを含めていくつもの動物で知られていますが、それらは紫外光を感度良く受容する性質を持ち、青色光を受容するような性質は持ちません。そのため、眼で紫外光から青色光までの広範囲の光波長を受容するためには、紫外光と青色光それぞれを受容する視覚のオプシンが協同しないといけません。つまり、Rh7は1つで視覚のオプシン2つの範囲をカバーし、一人二役の働きをすると言えます(図2)。また、Rh7の1つのアミノ酸を変えることで、青色光を受容する視覚のオプシンの性質に変換できることも分かりました。 Rh7の研究は今年に入って大きな進展があり、脳内で時刻の認識のために働いていることが明らかにされました。視覚は感度よく光を受容することが求められますが、外界の光環境の変化から時刻を知ることには、そこまで高い光感度は必要ないのかもしれません。その代わり、Rh7が1つあるだけで、広範囲の光波長を受容できることにメリットがあるようです。この結果から、ショウジョウバエは、紫外光を中心に青色光までの広範囲の光波長を脳で受容することにより、“今、何時?”を確認していると言えます。我々を含めたいくつかの研究グループの報告で、哺乳類から魚類にいたる脊椎動物、動物プランクトンなどの無脊椎動物、といった多様な動物において、脳に紫外光を受容するオプシンをもつことが分かってきています。ヒトは“見る”ことができない紫外光も、多くの動物の脳では”感じる”ことができ、そこから重要な情報を得ている、と考えられます。
図2 Rh7と視覚の光センサーが感じる光波長
紫外光と青色光それぞれを感じる視覚のオプシンをあわせた範囲を、Rh7は1つでカバーする。