Frog

カエルはいかにして「暗がりでの色覚」を獲得したのか?

カエルがもつ特殊な視覚機能の解明

by Keiichi Kojima, Yuki Matsutani

概要

動物の色識別については、行動レベルから分子レベルまで多様な研究が古くから行われてきました。色識別を行うには、吸収する光波長の異なる複数の光受容細胞*1を眼にもつことが必要です。ヒトでは、明るい所で働く光受容細胞(錐体)が3種類あり、赤・緑・青それぞれの光をよく吸収する光受容タンパク質*2(錐体視物質)をその中に持ちます。一方、暗がりで働く光受容細胞(桿体)は1種類しかなく、緑色をよく吸収する光受容タンパク質(ロドプシン)を持ちます。そのため、ヒトは明るい所では色を識別できる(三色型色覚)ものの、暗がりでは識別できません。このように、暗がりで色を識別できないことは、多くの脊椎動物で共通しています。しかし、カエルは例外的に暗がりでも色を識別できると言われていました。カエルは、ロドプシンを発現する通常の桿体(赤桿体)以外にもう1つ特別な桿体(緑桿体)を持ちます(図1)。この緑桿体には青色感受性の錐体視物質が発現します。この2種類の桿体を使って暗がりでも色識別をしていると考えられていました。 今回我々は、独自に開発した実験手法を用いることで、カエルの2種類の桿体に存在するロドプシンと青色感受性錐体視物質の性質を調べました。光が来ていない時に誤って光受容タンパク質が反応をするとこれがノイズになり、感度のよい「暗がりでの視覚」の妨げになります。そのため、ロドプシンはこのノイズ反応が極めて低く抑えられていることが知られていました。今回の研究で、カエルの青色感受性錐体視物質もロドプシンのようにノイズ反応を低く抑えていることがわかりました(図2)。さらに、カエルの進化の過程で青色感受性錐体視物質のわずか1つのアミノ酸残基(N末端側から47番目)を変化させることによって、ノイズ反応を低減させたことも明らかにしました。このことからカエルは、本来は「明所での視覚」を担っていた光受容タンパク質の性質を「暗がりでの視覚」に適した性質に変化させることで、暗がりで働く2種類の桿体を持ち、「暗がりでの色覚」という特殊な視覚機能を獲得したと考えられました(図3)。多くのカエルは夜行性であるため、夜に周囲をモノクロで認識するよりカラーで認識する方が多くの情報を得ることができ、生存に有利である可能性があります。 本研究結果は、2017年5月8日に米国科学アカデミー紀要オンライン版にて発表されました。

Frog

図1 カエルの眼の網膜に存在する2種類の桿体

多くの脊椎動物には、ロドプシンを含む桿体のみが存在する。しかし、カエルでは、上述したような通常の桿体に加えて、青色感受性錐体視物質を含む緑桿体を持つ。通常の桿体に含まれるロドプシンは緑色の光を、緑桿体に含まれる青色感受性錐体視物質は青色の光を吸収する。

研究の背景

 光受容タンパク質が暗がりでの視覚を担うためには、光が来ていない時に起こる誤った反応(ノイズ) *3を低く抑え、光への感度を高めることが重要になります。本研究では、独自に開発した実験手法を用いることで、カエルの青色感受性の錐体視物質ではどれくらいノイズが発生するのかを測定しました。その結果、カエルの青色感受性の錐体視物質は、ロドプシンと同様にノイズを低く抑え、暗がりでの視覚に適した性質を有することが分かりました(図2)。さらに、カエルの青色感受性の錐体視物質の中でN末端側から47番目のスレオニン残基がノイズを低く抑えることに重要な役割を果たしたことも分かりました。つまり、カエルはその進化の過程でわずか1つのアミノ酸残基を変化させることで、本来は明所での視覚を担っていた青色感受性の錐体視物質の性質を暗がりでの視覚に適応させたことが分かりました。その結果、カエルは暗がりで働く2種類の桿体を利用することで、「暗がりでの色覚」を獲得したと言えます(図3)。カエルの多くは夜行性であることが知られており、暗がりでの色覚の獲得は夜間の行動や生存にとって有利になると考えられます。そのため、本成果から、動物は生活リズムにあわせて、視覚機能をタンパク質のレベルから適応させていることも明らかになりました。

Frog

図2 カエルの青色感受性錐体視物質における低いノイズの発生頻度とそのメカニズム

(左図) カエル(ゼノパス)の青色感受性錐体視物質におけるノイズの発生頻度はロドプシンと同様に低い値を示す。カエルの青色感受性錐体視物質のN末端側から47番目のスレオニン残基をロイシン残基に置換した変異体(T47L変異体)では、野生型に比べてノイズの発生頻度が大きく上昇し、明所での視覚を担うゼブラフィッシュの青色感受性錐体視物質と同程度となった。(右図) カエルの青色感受性錐体視物質は、その進化の過程でN末端から47番目のスレオニン残基を獲得することでノイズを低く抑え、暗がりでの視覚を担うようになったと考えられる。

研究成果

 光受容タンパク質が暗がりでの視覚を担うためには、光が来ていない時に起こる誤った反応(ノイズ) *3を低く抑え、光への感度を高めることが重要になります。本研究では、独自に開発した実験手法を用いることで、カエルの青色感受性の錐体視物質ではどれくらいノイズが発生するのかを測定しました。その結果、カエルの青色感受性の錐体視物質は、ロドプシンと同様にノイズを低く抑え、暗がりでの視覚に適した性質を有することが分かりました(図2)。さらに、カエルの青色感受性の錐体視物質の中でN末端側から47番目のスレオニン残基がノイズを低く抑えることに重要な役割を果たしたことも分かりました。つまり、カエルはその進化の過程でわずか1つのアミノ酸残基を変化させることで、本来は明所での視覚を担っていた青色感受性の錐体視物質の性質を暗がりでの視覚に適応させたことが分かりました。その結果、カエルは暗がりで働く2種類の桿体を利用することで、「暗がりでの色覚」を獲得したと言えます(図3)。カエルの多くは夜行性であることが知られており、暗がりでの色覚の獲得は夜間の行動や生存にとって有利になると考えられます。そのため、本成果から、動物は生活リズムにあわせて、視覚機能をタンパク質のレベルから適応させていることも明らかになりました。

Frog

図3 カエルが暗がりでの色覚を獲得したメカニズムの概略図

多くの脊椎動物の眼には1種類の桿体しか存在しないが、カエルの眼には通常の桿体に加えて、青色感受性錐体視物質を含む緑桿体を持つ。カエルの青色感受性錐体視物質は、ノイズを低く抑えることで暗がりでの視覚に適した性質を獲得している。多くの脊椎動物は暗がりで色を識別できないが、カエルは、緑色と青色の光にそれぞれ応答する2種類の桿体を用いて、色識別をしていると考えられる

用語説明

*1光受容細胞:脊椎動物の眼の網膜に存在し視覚を担う光受容細胞(視細胞)として、桿体と錐体が存在する。桿体は暗がりでの視覚を、錐体は明所での視覚を担う。

*2光受容タンパク質:動物の視覚機能を担う光受容タンパク質は視物質と呼ばれ、脊椎動物では通常、桿体に存在する桿体視物質(ロドプシン)と錐体に存在する錐体視物質に分けられる。視物質はタンパク質内部にビタミンAの誘導体であるレチナールを結合しており、光を受容することで反応(活性化)し視細胞の応答を引き起こす。

*3光が来ていない時に起こる誤った反応(ノイズ):通常、視物質は光に反応し、視細胞の応答を引き起こす。しかし、光が来ていない時に視物質が誤って熱的に反応してもそれに由来する視細胞の応答は、光依存的な視細胞の応答と区別できないため偽シグナルとなり、視覚機能における感度の低下につながる。暗がりでの視覚では光への高い感度を必要とするため、光が来ていない時の誤った反応(ノイズ)の発生頻度を低く抑えることは重要になる。

論文

Adaptation of cone pigments found in green rods for scotopic vision through a single amino acid mutation.

Keiichi Kojima, Yuki Matsutani, Takahiro Yamashita, Masataka Yanagawa, Yasushi Imamoto, Yumiko Yamano, Akimori Wada, Osamu Hisatomi, Kanto Nishikawa, Keisuke Sakurai, and Yoshinori Shichida

Proceedings of the National Academy of Sciences of USA2017 May 23