光を受けるとオフになる動物のユニークな光センサーを発見
ニワトリの脳内で機能するOpn5L1の性質を解明
by Keita Sato概要
多くの動物は、外界からの光を最初に受けて生体反応のスイッチを入れるオプシンと呼ばれる光センサータンパク質を持っています。オプシンは光を受けるためにタンパク質内部にレチナール(ビタミンAの誘導体)を持ち、光を受けるとレチナールの形を変化させてスイッチオンし、生理機能(例えば視覚)を発現します。そして、眼で働く視覚オプシンなどでは、光を受けて変化したレチナールは一旦捨ててスイッチオフの状態になり、新たなレチナールを取り込むことで次の光に対応します。しかし本研究チームは、オプシンのうちニワトリの脳内で機能する「Opn5L1」が光を受けると逆にスイッチオフする興味深い機能を持つことを確認しました。さらに、Opn5L1はスイッチオフしたあともレチナールを離すことなく保持し、また元の状態に戻ることがわかりました。このようなユニークな性質を持つオプシンの発見はこれが初めてです。Opn5L1はヒトを含むほ乳類は持たないものの魚類から鳥類までの幅広い脊椎動物が持っていることから、これらの動物では光を受けてスイッチオンするオプシンと、スイッチオフするOpn5L1の両方を持つことで、ヒトよりも多様な方法で光環境に適応していることが解明されました。 本研究結果は、2018年3月28日にNature Communicationsにて発表されました。
図1 眼で働く視覚オプシン(スイッチオン型)と脳で働くOpn5L1(スイッチオフ型)
研究の背景
光は外界からの情報を伝えるシグナルとして、多くの動物に利用されています。実際、我々は光を使ってものの形や色を見たり、1日の体のリズムを調節したりすることができます。多くの動物は、外からの光を最初に受けて生体反応のスイッチを入れる「オプシン」と呼ばれる光センサータンパク質を持っています。例えば、ヒトの視覚では、明暗を感じる1種類のオプシン(ロドプシン)と明るいところで色を見る3種類のオプシン(赤・青・緑感受性オプシン)が働いています。 最近ゲノム解析が進み、動物がオプシン遺伝子をどれくらい持つのかが明らかになってきました。その結果、ヒトでは視覚に関わる4つを含めて計9個の遺伝子を持ち、その他のほ乳類もヒトとほぼ同じ数の遺伝子を持つこと、それ以外の脊椎動物はもっと多くのオプシン遺伝子(鳥類、は虫類、両生類では20種程度)を持つことがわかってきました。これは、ほ乳類の祖先が夜行性になって生きながらえた恐竜時代に、使わない多くのオプシン遺伝子を捨ててしまったためであると考えられています。逆にみると、ほ乳類以外の脊椎動物はヒトに比べて多様なオプシンを用いて、光環境をより多彩に利用している可能性があります。実際、視覚に関しても、ヒトは色を見るのに3つのオプシンを利用するため3原色ですが、ニワトリでは4つのオプシンを利用する色分解能の高い4原色で色を見ている可能性が示唆されています。しかし、視覚以外の機能に関わる多くのオプシン類については、生体内で機能する部位や性質が未解明で、生理的役割も多くのものが謎のまま残っています。
研究成果
本研究チームは、未だ解明されていないオプシンの1つOpn5L1の解析を行いました。Opn5L1は、ほ乳類以外の多くの脊椎動物が持っていることがわかっていました。そこでまず、ほ乳類と同様に進化的に進んだ鳥類(ニワトリ)において生体内のどこで機能しているのか確かめました。その結果、脳内のいくつかの部分、大脳や視床下部などに発現することがわかりました。次に、脳内で機能すると考えられるOpn5L1がどのような性質を持つのか、人工的にタンパク質を作製して調べました。 オプシンは光を感じるために、タンパク質内部にレチナール(ビタミンAの誘導体)を持ちます。視覚のオプシンは光を受けるとレチナールの形を変化させてスイッチオンし、生理機能(視覚)を発現させます。そして、光を受けて変化したレチナールを一旦捨てることによってスイッチオフの状態となり、新たなレチナールと結合することで次の光に対応できるようになります。オプシンのこのような仕組みが、感度のよい視覚を支えていると考えられています。 一方Opn5L1について調べると、レチナールと結合したOpn5L1はその状態で既にスイッチが入っており、光を受けると効率よくスイッチオフの状態になることがわかりました。また、Opn5L1は光を受けた後も形の、変わったレチナールを保持し、タンパク質内部での特殊な反応により数時間後には自然に元の状態のレチナールに戻って次の光に対応できるようになることがわかりました。つまり、新たにレチナールをもらわなくても自己リサイクルできるエコな光センサーであると言えます。このようなユニークな性質を持つオプシンは本研究で初めて見つかったものです。 以上のことから、鳥類などでは通常のスイッチオン型のオプシン以外に、スイッチオフ型のオプシンOpn5L1を持つことにより、ヒトよりも多様な方法で光環境に適応していることがわかりました。Opn5L1が機能する脳では眼に比べてレチナールの濃度が低い一方、脳内には眼に比べて弱い光しか入り込んでこないと考えられます。そのような環境では、Opn5L1のようにレチナールを保持したまま再び機能することのできる、高感度な光センサーが役立つのかもしれません。
図2 眼で働く視覚のオプシンと脳で働くOpn5L1の性質の違い
眼で働く視覚のオプシンは、光を受けてスイッチオンする。一方、脳で働くOpn5L1は、光を受けてスイッチオフする。
波及効果、今後の予定
本研究では、これまで未解明であったオプシンの1つOpn5L1が脳内で機能するユニークな光センサーであることを明らかにしました。しかし、実際にどのような生理機能に関わるのかはわかっていません。光のない、暗いところでスイッチオンするという性質から考えると、例えば昼行性動物において、夜間の活動の抑制や睡眠の誘導と言った機能が想像できます。あるいは自己リサイクル可能な性質を活かして、暗くなってからリサイクルされるまでにかかる時間を計るタイマー(砂時計)のように働いているかもしれません。このような唯一無二の性質をもつOpn5L1が多くの脊椎動物でどのような役割を果たしているのか、今後の研究で明らかにしたいと思います。その役割がわかれば、なぜヒトを含む哺乳類でOpn5L1遺伝子を失ってしまったのかという謎についても迫ることができると考えています。