霊長類を含む哺乳類の脳内に高感度紫外光センサーが発現
by Takahiro Yamashita概要
動物は外界の光環境の変化から様々な情報を得ています。眼の視覚を働かせることでものの形や色がわかるだけでなく、光環境の変化から時刻や季節を知ることができます。このような動物の様々な光受容に関わるセンサータンパク質がオプシン類です。このオプシンは、眼だけでなく脳内など多様な組織で発現することがわかってきており、光を受け取るシステムの多様性がうかがえます。 今回我々は、ヒトが持つオプシンのうちの1つ、Opn5の解析を行いました。以前の我々の研究で、ニワトリのもつOpn5が紫外光感受性であることを示していました。このOpn5は、ヒト・マウスといった哺乳類から魚類まで、脊椎動物が幅広く持っている光センサータンパク質です。そこでヒトから魚類まで広くOpn5の性質を解析したところ、すべて紫外光感受性であることがわかりました。また、哺乳類のOpn5はそれ以外の脊椎動物がもつOpn5とは異なり、紫外光を感度よく受容できるように進化していることもわかりました。そして、このような光センサータンパク質が生体のどこで機能しているのか解析を行いました。マウスとコモンマーモセット(ヒトと同じ霊長類)で解析を行ったところ、網膜の一部の神経細胞と脳内の視床下部に発現を確認することができました。さらに、脳内でOpn5が発現する部位の近くには、オプシンが光を受容するために重要な物質である11シス型レチナールを供給するシステムも確認できました。つまり、霊長類を含む哺乳類は、眼と脳内で感度よく紫外光を含む短波長光を受容するシステムを持っていると言えます。 本研究成果は2014年2月14日に米国生化学分子生物学会発行のJournal of Biological Chemistryにて発表されました。
図 コモンマーモセットの眼と脳内に紫外光センサータンパク質が発現
哺乳類のOpn5は眼と脳内に存在し、11シス型レチナールを供給する酵素(RPE65)の助けを受けて、感度よく紫外光を含む短波長光を受容するセンサーとして機能できる。
研究の背景
動物にとって、外界の光から得られる情報は生命活動にとって非常に重要です。動物の代表的な光受容器官は眼で、ものの形や色を認識する視覚機能を担います。このような視覚機能のために、眼に光センサータンパク質(オプシン)を持っています。ヒトは、暗がりで明暗を認識するオプシン(ロドプシン)と明るい所で色識別を行う3種類のオプシン(赤色光・緑色光・青色光それぞれを受容する錐体視物質)を持つことがよく知られています。最近、動物のゲノム解析が進むと、どの動物が何種類のオプシン遺伝子を持つのか、がわかるようになってきました。その結果、動物によって持っているオプシン遺伝子の数と種類に大きな違いがあり、ヒトは9種類のオプシン遺伝子を持つことがわかりました。ヒトでは視覚のために働くオプシンは、1種類のロドプシンと3種類の錐体視物質の計4遺伝子のため、それ以外の機能のために5種類のオプシン遺伝子を持つと考えられます。その中の1つ、Opn5が今回の研究のターゲットです。Opn5はヒトの9種類のオプシン遺伝子の中で最後に見つかったため、研究があまり進んでいません。我々は以前、ニワトリのもつOpn5を解析し、紫外光感受性であり眼や脳内で働くことを見つけていました。このOpn5は、ヒトやニワトリだけでなく、魚類を含めて脊椎動物が広く持つことがわかっています。そこで今回は、Opn5のタンパク質の性質が脊椎動物で広く共通しているのか、また、哺乳類ではどこで機能しているのか、解析を行いました。
研究成果
まず、様々な脊椎動物の持つOpn5遺伝子を入手して、人工的にタンパク質を作製しその性質を調べました。ヒト(霊長類)、マウス(哺乳類)、カエル(両生類)、ゼブラフィッシュ(魚類)のOpn5を調べたところ、ニワトリ(鳥類)のOpn5と同様に紫外光感受性であることがわかりました。さらに詳細に性質を調べたところ、哺乳類(ヒト・マウス)のOpn5とそれ以外では違いがあることがわかりました。Opn5は他のオプシンと同様に、光を受容するためにビタミンAの誘導体である11シス型レチナールを結合しています。光を受容するとこのレチナールが全トランス型に異性化をしてOpn5は活性化し、細胞内に光が来たという情報を流します。しかし、哺乳類以外の動物のOpn5は全トランス型レチナールも直接結合することができます。11シス型レチナールは全トランス型から特殊な分子システムを使って作られることから眼など一部の組織でしか多く見つからないため、全トランス型レチナールを直接結合できれば11シス型が大量に存在しない組織でも光センサーとして機能できる可能性があります。一方、全トランス型レチナールが直接結合すると光がなくても活性化する可能性が出てくるため、光を感度よく受容するための妨げになる可能性があります。哺乳類のOpn5を調べると、1アミノ酸を変えることで全トランス型レチナールを直接結合することができなくなっていました。つまり、哺乳類のOpn5は高感度で紫外光を受容できるようになっていました。 次に、このような性質をもつ哺乳類のOpn5がどこで働くのか、解析をしました。マウスとコモンマーモセット(ヒトと同じ霊長類)を用いたところ、眼の網膜の一部の神経細胞だけでなく、脳内の視床下部の細胞に存在が確認できました。また、眼で11シス型レチナールを作り出すために重要な酵素(RPE65)が、Opn5が存在する脳内の細胞の近くに存在することもわかりました。このことは、霊長類を含む哺乳類の脳内で、11シス型レチナールの供給を受けながらOpn5が高感度で紫外光を含む短波長光を受容している可能性を示しています(図)。ヒトはコモンマーモセットと同じ霊長類ですので、ヒトでも同じように脳内で短波長光を受容しているのかもしれません。ただ、今回の解析では、脳内でOpn5が光を受けることがどのような生理現象につながるのか、は明らかにできていませんので、今後の課題です。