暗所視と色覚はどっちが先?
脊椎動物の視覚進化モデルを修正
by Keita Sato概要
ヒトを含む脊椎動物は、高度に発達した視覚、特に暗所視と明所視(色覚)を用いて外界から多くの情報を得ています。この視覚進化に関して、従来、明所視から色覚が先に獲得され、暗所視の獲得がそれに続いた、というモデルが有力に支持されていました。しかし、我々はこれまで脳内で専ら働くものとして発見されていた光センサーが、脊椎動物の進化の初期に分かれた魚類や両生類では眼でも暗所視のために働くことを見つけました。この光センサーは、眼で広く働く暗所視の光センサーよりも古いタイプのものであるため、従来の視覚進化モデルを修正し、視覚進化の最初期に色覚と暗所視は並行して獲得された、という新しいモデルを提唱することができます。 本研究成果は、2018年10月2日にCommunications Biologyに発表されました。
図1 脊椎動物の視覚進化の新モデル
従来のモデルでは、脊椎動物の先祖において明所視から色覚が先に獲得され、暗所視の獲得が続いた、と考えられている。しかし、本研究で修正する新モデルでは、色覚の獲得と暗所視の獲得がまず並行して起こり、後により高度な暗所視が実現した、と考える。
研究の背景
動物にとって、眼から得られる視覚の情報は外界の変化をとらえる上で非常に重要です。特にヒトでは、周りから得られる感覚情報の多くが視覚を通じて得られると言われ、脳の約半分が視覚の情報処理に関わっています。ヒトなど脊椎動物は高度に発達した眼を持ち、明るい場所でも暗い場所でも周りの環境を捉えることが可能です。この視覚機能を支えているのは、ロドプシンに代表される、光センサー(光受容タンパク質)であり、眼の網膜の視細胞で機能しています。この光受容タンパク質が光を受け、光シグナルが視細胞の電気応答に変換されます。そしてこの電気応答が最終的に脳へと伝達され、”見えた”と実感できます。 脊椎動物は、眼に視細胞を2種類持ち、桿体と錐体と呼ばれます。桿体は薄暗がりで働き(暗所視)、錐体は明るいところで働きます(明所視)。このように働く光環境の異なる2種類の視細胞を持つおかげで、真夏の太陽の下でも月の出ていない星空の下でも、ものの形を認識できます。そして、2種類の視細胞で機能する光受容タンパク質も異なっており、桿体ではロドプシン、錐体では錐体視物質が働いています。ヒトを含めて多くの脊椎動物は、吸収する光の波長が異なるいくつかの錐体視物質(ヒトでは、赤色光・緑色光・青色光それぞれを受容する3種類)をもつ一方、ロドプシンは1種類しか持ちません。そのため、昼間(明所視)は色を見分けられるものの夜(暗所視)になると色が分からなくなります。このように、脊椎動物は高度に発達した明所視(色覚)と暗所視を持ちますが、それらはどのように進化して獲得されたのでしょうか。明暗視に比べて色覚の方が複雑な情報処理を必要とすると考えられるため、1990年代初頭までは、明るいところで働く視覚(明所視)と暗いところで働く視覚(暗所視)が分岐した後に、明所視から色覚を獲得した、と推測されていました。しかし、約25年前、ロドプシンや錐体視物質のアミノ酸配列を決めることで、実験的に進化の道筋が明らかにされました。ロドプシンや錐体視物質のアミノ酸配列を決めると、その比較からどちらが先に進化したのか(先祖型なのか)、を推定することができます。その結果、脊椎動物の祖先は吸収する光の波長の異なる複数の錐体視物質を先に創り出し、その後にロドプシンを創り出した、と考えられました。これは、先に明所視から色覚の進化があり、その後に高度な暗所視の進化が続いた、ということを示し、当初の推測とは逆の結果です。この進化モデルは当時非常にインパクトがあり、今では多くの教科書でも記述されるほど広く知られるものとなっています。本研究で我々は、この定説を修正する発見を行いました。
研究成果
視覚の進化モデルの定説を修正するきっかけは、爆発的に進むゲノム解析でした。ゲノム解析とはある生物がもつ全遺伝情報を明らかにすることですが、ヒトのおおまかなゲノム解析が終了した2000年頃から広く知られるようになりました。近年では様々な脊椎動物のゲノム解析が行われ、それぞれの動物がロドプシンや錐体視物質の遺伝子をいくつ持つか、がわかります。そして我々は本研究で、ロドプシンや錐体視物質にアミノ酸配列が近い光受容タンパク質ピノプシンに注目しました。このピノプシンは、ニワトリの脳内から見つかった光受容タンパク質で、ロドプシンの類似タンパク質が眼だけでなく脳内でも働いていることを実証したことで注目されました。その後、ピノプシンは他の鳥類や爬虫類でも脳内で機能し眼では機能していないことが示されたため、専ら視覚以外の光受容機能(例えば、光環境の変化から時刻を知る)に関わると考えられていました。しかし、我々は、脊椎動物の進化の初期に系統的に分かれたと考えられる軟骨魚や古代魚のゲノムにもピノプシン遺伝子が存在することを見いだしました。そして実際に軟骨魚(サメ)や古代魚(ガーパイク、チョウザメ、肺魚など)を使って調べたところ、ピノプシンは脳内だけでなく、眼にも存在することがわかりました。また、両生類のカエル(ネッタイツメガエルやウシガエル)でもピノプシンは眼にも存在していました。さらに詳しく調べると、ピノプシンはロドプシンと同様に桿体で機能し、そのタンパク質の性質もロドプシンと非常によく似て薄暗がりの視覚に向いていることが分かりました。これらの結果は、ピノプシンは元々、ロドプシンと同様に薄暗がりで働く桿体用の光受容タンパク質として進化したものの、その後、脳内での光受容機能に特化するように変化した、ということを示しています。ピノプシンのアミノ酸配列をロドプシンや錐体視物質と比べると、錐体視物質が創り出される最初期にピノプシンも創り出されていることが分かります。この時点で既にピノプシンを使って暗所視を実現できていた可能性が高く、その後、ロドプシンを創り出すことでより高度な暗所視を実現した、と言えます。これらのことから、「色覚の進化が先で、暗所視の進化が後」という定説を修正し、「色覚と暗所視の最初期の進化は並行して起こった」と推測できます(図1)。
波及効果、今後の予定
先に述べたように、ヒトは視覚から外界の多くの情報を得ています。そのため、「周りのものがどう見えるのか」というのはヒトにとって非常に重要な問題です。本研究は、約5億年前、カンブリア爆発と呼ばれる生物の多様化の時期に、脊椎動物はいかにして現在へとつながる高度な視覚機能の元となる進化を分子レベルで起こしていたのか、を明らかにしたものです。 また、本研究では、ガーパイクやウシガエルといった現在日本で特定外来生物に指定されている動物の解析が重要な役割を果たしました。特定外来生物は日本本来の生態系に害を及ぼす可能性があるため駆除の対象となり、テレビ番組などでは毛嫌いされているところもあります。しかし、生物多様性やその進化的な成り立ちを解明する観点からは、研究対象として重要なものも含まれています。適切な管理の下で特定外来生物をうまく利用できれば、これからも興味深い発見が生まれると期待できます。